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moved to KAGAWA
瀬戸内国際芸術祭をきっかけに
男木島に移住
男木島図書館誕生物語(2/2)

香川県へ移住「インターネットがあれば仕事はできる」

ソーシャルでつながった多くの仲間が助けてくれた

大都市・大阪から、瀬戸内海の男木島へ――。IT関連会社を経営する福井大和さん一家がUターンを実現したのは2013年のこと。福井さんたちは移住だけでなく、地域の人々と交流する図書館を開設したり、娘さんのために行政に学校の再開を働きかけるなど、地域の活性化に貢献している。

「Uターンする故郷がなくなる」危機感で移住を決意

そもそも福井さん一家がUターンを実現したのは2013年のこと。移住までにはどのような経緯があったのだろうか。夫の大和さんにも話を聞いた。

――移住までにはどのような経緯があったのでしょうか。

NPO法人 男木島図書館 代表 福井大和さん
NPO法人 男木島図書館
代表 福井大和さん

私はもともと男木島の出身で、島を離れてからは20年以上大阪に住んでいましたが、漠然と「リタイア後は島に戻りたいな」と思っていました。

2013年に、たまたま男木島を紹介するホームページの制作を依頼され、瀬戸内国際芸術祭会期中の8月に、家族で男木島に長期滞在しました。その時に人口減少と高齢化という問題を目の当たりにし、「将来、島に人が住む機能が無くなるのでは?」と危機感を覚えました。

幸いにも娘が島の雰囲気を気に入ってくれて、「住みたい」と言ってくれたので、移住計画を本格的に進めることにしたのです。

――移住するまでの苦労は?

福井順子さん

一番は娘の学校問題でした。瀬戸芸の効果もあって、ちょうど同じ時期に、我が家も含め3世帯の移住希望世帯がいました。しかし島の小中学校は数年前に休校になっており、子供たちが通う学校がありません。

学校の再開を高松市に求めましたが、校舎の耐震性の問題などもあって、一度は断られてしまいました。そこで、島の住民、学校のOB・OG、男木島のファンなど900名を超える署名を集めて、市に提出。その結果、2014年4月から男木島小中学校が再開することになり、安心して移住できることになったのです。

小中学校再開を機に、男木島はにわかに活気が出始める。
移住者が増え始めたのだ。
2014年から2016年春頃までに、島人口の1割以上にあたる31人が移り住んできた。

【福井さん家族の男木島移住、図書館開館までの経緯】
2013年夏
瀬戸内国際芸術祭の折に長期滞在し、移住を決意。
2013年秋
学校再開を行政に働きかける。
2014年春
娘さんと3人で移住。
2015年夏
クラウドファンディングで図書館の資金を調達。
2016年冬
男木島図書館オープン。

WebやSNSで島の魅力を世界に発信

――移住者の皆さんにとって男木島の魅力とは?

福井大和さん

男木島は隣の女木島と違って、観光地としての力は弱いです。しかし、海や夕日といった美しい景色、魚の美味しさ、人々の温かさなどの魅力があります。自然のなかで伸び伸びと子育てができるところも気に入っています。

男木島おすすめビュースポット
男木島おすすめビュースポット

――今後はどのように活動していきますか?

福井大和さん

瀬戸芸をきっかけに国内外から数万人が訪れ、島の写真を撮ってInstagram(画像共有サイト)にアップしたり、島の訪問記をFacebookに書いたりして、島の魅力を世界に向けて発信してくれました。そうすると、結構反響があって拡散されたりするんですよね。

男木島の魅力は日本人だけでなく、海外の人にも伝わるのだと思います。その魅力を世界に向けて発信していきたいと思います。

男木島図書館 1F本棚
男木島図書館 1F本棚
男木島図書館 1Fフロア
男木島図書館 1Fフロア
男木島図書館 外観
男木島図書館 外観

多くの自治体が高齢化や人口減少に悩み、再生を試みているが、大きな効果が現れている例は少ない。男木島が成功したのは、地域がもともと持つ魅力はもちろん、インターネットを通じた効果的な情報発信、関わる人々のスキルや情熱、そして瀬戸内国際芸術祭という大型イベント相乗効果を発揮したことが要因といえるのかもしれない。今後男木島がどのような展開を見せるのか期待したい。

2016/6/8 Neojapan
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