明治以降、開拓使が大地を切り開いた歴史を持つ北海道は、現在もフロンティア精神に溢れた逸材の宝庫だ。しかし、この地から海外留学する人は意外と少ない。日本から国外へ留学する学生の中で北海道の学生は全体のわずか2%程度、しかも期間は3カ月未満が82%と多数を占めている。
そこで、グローバル化が急速に進む北海道で、若者の海外挑戦を応援しようと、2017(平成29)年度から始めた制度が「ほっかいどう未来チャレンジ基金(通称みらチャレ)」だ。行政と企業・団体など応援パートナーが一体となって海外留学や海外での実践活動を支援する制度である。また、費用支援だけでなく、海外駐在者や道出身者などの民間ネットワークを駆使し、留学生のサポートやフォローアップなども行っている。
行政側の担当である北海道総合政策部 政策局 総合教育推進室 本田 晃主幹は「海外に挑戦する人は徐々に増えている時代ですが、留学経験を活かして活躍する人を道内各地でさらに増やして、北海道の発展につなげていきたいと思います」と、新制度と北海道の未来に大きな期待を寄せる。
みらチャレは、地元北海道に貢献するグローバルリーダーの育成を目的とした制度だ。ダンス留学した西野留以さんが利用している文化芸術コース以外に、学生留学コース、アスリート指導者を目指すスポーツコース、世界レベルの職人を目指す未来の匠コースがある。夢を実現するため海外で知見や技術を身につけたいという志を持つ北海道在住者であれば応募可能だ。
現在、海外チャレンジ中の第1期生について、本田主幹は「道内からこのように意欲あふれる若者の応募があったことは喜びでした」とやりがいを隠せない。2次選考の面接では、学界・財界の第一人者を相手に臆することなく、将来の夢や貢献したいことをアピールした彼らに対して、本田主幹は「冷静と情熱が共存していた」と称賛している。
留学先 | コース | 留学生 | 目的 |
---|---|---|---|
フィンランド | 学生留学 コース |
北海道情報大学 坂上 凉一 |
高度なICT技術を学ぶ |
イタリア | 学生留学 コース |
酪農学園大学 髙橋 宗一郎 |
イタリアワインの天然酵母の生かし方を学ぶ |
マレーシア、インドネシア、UAE | 学生留学 コース |
北海学園大学 中川 竣貴 |
ハラル食市場を学ぶ |
ベトナム | 学生留学 コース |
小樽商科大学 畠山 陸 |
ゲストハウスの海外拠点を作る |
イギリス | 学生留学 コース |
北星学園大学 福沢 大貴 |
ファッションを通じてアイヌ文化を広める |
アメリカ | スポーツ コース |
北海道メディカルスポーツ専門学校 専任教員 齊藤 雄大 |
障がい者スポーツプログラムを学ぶ |
アメリカ | スポーツ コース |
北翔大学 准教授 廣田 修平 |
国際的なコーチングスキルの習得 |
ニュージーランド | スポーツ コース |
メディカルシステムネットワーク 山 あずさ |
ラグビーの強豪クラブチームに参加し、指導方法を学ぶ |
アメリカ | 文化芸術 コース |
Fe.dance studio 西野 留以 |
世界のダンスを学ぶ |
フランス | 未来の匠 コース |
全日本司厨士協会北海道地方本部札幌支部 古里 裕之 |
ジビエと酸の料理を習得 |
この基金は、学生留学以外の3コースは年齢上限を39歳としているので、芸術活動や仕事などでキャリアを重ねた人も応募可能である。未来の匠コースの古里裕之さん(38歳)は、北海道の潜在的資源であるジビエを学ぼうと、2017年7月から6カ月フランスで現地のジビエ文化や調理法など研修を積んだ。
「彼が持ち帰った技術や知識が、後に北海道でジビエ料理に革新を起こすかもしれない。北海道のジビエ料理の発展に貢献してくれることを期待しています」と本田主幹は語る。制度はまだスタートしたばかりだが、留学者たちはすでに地元の未来を担っているのだ。
みらチャレは、初年度から地域を愛する優秀な人材が集まり、地域企業の理解や関心も高い。さらに今後は、札幌などの都市部以外の若者にも応募してもらおうと、地方でのPR活動やガイダンスを増やす予定だ。本田主幹は「自分の留学体験を伝えることで、次の世代につなげる役割も担っているんです」と生の声で伝えるメリットを説明する。
基金を活用して海外チャレンジを続ける留学生たちの様子は、facebookページにアップされているので、毎日チェックして応援しよう。また、基金への寄附は、個人・法人とも税制優遇措置(寄附金控除)の対象となる。応援パートナーとして支援すれば、彼らの活躍がますます楽しみになるに違いない。
現在留学中の第1期生が、5年、10年後にどのような成果をもたらすか誰にもわからない。それでも「チャレンジを善」とし、意欲の高い北海道内の若者を応援するのが「みらチャレ」だ。
2018年4月からは第2期生募集が始まる予定なので、「北海道に貢献したいという気持ちなら誰にも負けない」という道内在住者は、ぜひ応募しよう。
第1期生10人は、続々と外国に飛び出し、現地で学問、文化、情報、技術などを吸収しようと日々奮闘している。そこで、海外留学を終えて北海道に戻ったばかりの髙橋さん、今も現地で挑戦中の福沢さんに、応募のきっかけから現地での生活などを尋ねてみた。
髙橋 宗一郎さん
酪農学園大学 大学院 修士課程2年
学生留学コース
留学先:イタリア
留学期間:平成29年9月から4カ月間
留学目的:イタリアワインの歴史や天然酵母の生かし方について学ぶ。
――まず基金制度を知ったきっかけや応募理由を教えてください。
教授が「ほっかいどう未来チャレンジ基金」を紹介してくれました。そして、すぐに応募を決意しました。
応募条件に「北海道に貢献できること」とありますが、私の研究テーマであるワイン発酵は、まさしく現在北海道に大ブームを巻き起こすワイン産業と一致するのも大きな要素でした。
――髙橋さんは大学院でワインの研究をしているそうですね。
高校では調理師、大学では管理栄養士免許を取得し、大学院では独自酵母を用いたワインの試験醸造等を行っています。また、2016年、17年と、酪農学園大学オリジナルワインプロジェクト(ROWP)の学生代表として運営などに関わっています。
――留学中はどんな生活でしたか?イタリア語はマスターできましたか?
現地では、平日は大学で研究の手伝いや実験の準備をしていました。また、イタリア語のレッスンを受けつつ、ワイナリー訪問をしたり、ワイン関連イベントに足を運んだりしました。大学で難しい内容は英語でしたが、2017年12月に帰国するまでには、ほとんどイタリア語で話せるようになりました。
――現地のワイン造りを学んた結果、得られた収穫は?
イタリア独特の手法やイタリアワインの方向性、酵母の活用の仕方を学ぶという意味では非常に意義があったと思います。
イタリアは、地元の物を愛し地産地消をする文化があります。こうした特色はその土地の料理と共に現地で感じる以外に学ぶ術はないと感じました。北海道のワイン造りも「北海道」に立ち返ることで、独自性が生まれ発展に繋がるのではないかと考えています。
――今回のワイン留学を経て、意識の変化はありましたか?
留学前は「酵母の研究を続けたい」という漠然とした思いでした。しかし、イタリア留学を終えた今は、「北海道が生んだワインをもっと知ってほしい、味わってほしい」と強く想うようになりました。
ワインは、他の食品や観光(アグリツーリズム)などと連携することで、より発展すると思います。次はイタリアでソムリエ資格を取得し、ゆくゆくは北海道のワインの普及に貢献していきたいです。
福沢 大貴さん 北星学園大学4年 学生留学コース 留学先:イギリス
留学期間:平成29年9月から5カ月間
留学目的:ファッションを通して、アイヌ文化、中でもアイヌ文様(刺繍)を世界に発信し、ブランド化、トレンド化をはかる。将来一緒に仕事ができる仲間や、ファッションビジネス界で現役で活躍する大学の先生たちとの繋がりを作る。
――「みらチャレ」制度を知ったきっかけを教えてください。
大学の交換留学制度に採用された後、学校から「ほっかいどう未来チャレンジ基金」のことを教えてもらい、「自分が大好きなファッションで何か挑戦してみよう」と思いました。
――北海道でどんなファッションの活動をしていますか?
高校、大学(経済学部)と、ファッションの専門学校に通っていたわけではありませんが、大学1年生のとき、ファッション美容団体「ideal」という美容学生だけで構成された学生団体に、大学生として唯一参加し活動していました。
――イギリス留学中はどんな生活でしたか?
朝早くから夕方までびっしり英語の授業で帰ると宿題に追われ寝てしまう毎日です。毎週休日は市場調査も踏まえ、街に散策に行き大好きな古着屋を巡って生地を調達したり、デザインの製作を行っています。
――「ファッションを通じてアイヌ文化を発信したい」そうですが、アイヌ文化の魅力とは?
自分が大好きなファッションと北海道の関連を考えた結果、アイヌ文化に結びつきました。勉強し始めると、北海道出身ながら無知であることに気がつくと同時に、アイヌ文様の美しさに魅了され、「何とかして私が世界に広めなければ」と思いました。
――なぜイギリスを留学先に選んだのでしょうか?
イギリスはファッションの地であり、多くの国から人がやって来ます。この地でアイヌ文化をファッションとして紹介することが、世界に広めることになるのではないかと考えました。
また、イギリスで行うことは、北海道の若者への周知だけでなく、日本全体への逆輸入に発展するのではないかと考えました。
――イギリスで学んだ知見をどのように活かしたいと考えていますか?
アイヌ文化はまだ若者に多く知られていないですが、ファッションを通してこの文化を知る最初の扉になって欲しいと願っています。今後は北海道に拠点を構え、「ロンドン発のアイヌブランド」などの肩書きをつけてファッション業界に参入したいと考えています。また、2020年には白老町に国立アイヌ民族博物館が完成予定なので、協力をお願いし展示会などができたらいいなと夢を膨らませています。
「その先の、道へ。北海道」
これは北海道のキャッチフレーズである。観光、移住、グルメなど、北海道ブランドは高いレベルで確立されている。だが、さらに未来を見据えて北海道は、世界へ積極的に進もうとする意欲も伺える。
明治以降、北海道は多くの入植者が未開の地を開拓して発展しようと、国内だけでなく海外の技術やノウハウも積極的に取り入れてきた。つまり、北海道開拓民は、日本におけるグローバル化の先駆者といえるのではないだろうか?
近年、国内では多様化やグローバル化が叫ばれるようになったが、うまく対応できず試行錯誤している地域は、北海道をお手本にすればいい。日本全体が目指す未来は、北の大地、北海道から多くを学ぶ必要があるはずだ。